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新興国の地方と先進国の地方が繋がるには、目線が合う事が大事

カントーフェスティバルのひとつの大きな狙いは、
ベトナムの地方都市カントーと日本の地方都市をつなぐことでもあった。
まずは、お互いがお互いの場所を訪問しないと始まらない。
そういう意味では今年は多くの日本の地方からカントーに集まっていただいた。
新潟、沖縄、青森、徳島、島根、栃木、石川、富山、北海道、和歌山など北から南まで、
日本の全体感を感じてもらうには多彩なメンバー構成だった。
日本のブースではさまざまなご当地の食や工芸品などの展示販売が行われた。
ホーチミンではともかく、カントーでは日本のものに触れることはめったにない。
ブースに訪れる地元の人たちは好奇心で溢れ、目が輝いて見える。

 

 

自然とこちらも力が入る。
出店者側として、今の日本ではこんな新鮮な気持ちはなかなか味わえないだろう。
私の子供の頃のお祭りの時はこんな感覚に似たものがあったが・・・。

今、日本の地方といえばご当地キャラブームだ。
日本国内では地域活性化に一役買っているのは間違いない。
このご当地キャラを弊社は数多くベトナムに紹介してきた。
第一弾は数年前、経済産業省のクールジャパン戦略推進事業に採択された
「日本物産館プロジェクト」の時である。
徳島の「すだちくん」。

 

ちょうど1年前の昨年はカントーに日本のご当地キャラや戦隊ヒーローの登場に
かつて見たこともないカントーの子供たちは驚きの眼差しを向けていた。

今回は子供たちも少し慣れてきたのか、次々登場する着ぐるみのキャラにすっかり
馴染んだ様子で、無邪気に走りまわり、待ってましたとばかり一緒にキャラと踊っていた。

 

 

そんな子供の無邪気さ、純真さに親御さんも観客も私達も、思わず心が和む。
新潟からは「ガッター21」と沖縄の「ごっちゃん」は昨年に続いて2回目の登場。

 

 

ガッター21の正式名称は「超耕21ガッター」。

 

このご当地ヒーローは50歳を超えた私から見ても面白いの一言である。
新潟のご当地ヒーローだが、農業をベースにしているので、
仮面ライダーで育った私にはヒーローと農業という絶妙の組み合わせに懐かしさと新しさを
実感する。
そして、この「ガッター21」・・・意外と格好良いのである・・・。

 

 

<近未来の2050年、さまざまな害虫が増え、害虫駆除と農業効率化を目指し、
農業安全管理局(ASM)で新しいプロジェクトが立ち上がった。
実験につぐ実験の末、試作21型にしてようやく農業強化型スーツが完成、
「超耕(ちょうこう)システム21型」スーツと名付けられた。

「超耕システム21型」スーツの実用化を目前にしたそのとき、
宇宙から恐ろしい怪人が飛来してきた。
その名はショッタリアン帝国。
ショッタリアン帝国からやってきた怪人たちは新潟のコメを食い荒らそうと暴れ始めたのだ。

農業安全管理局(ASM)は、新潟で農家を営む青年、エイチ ゴウに
「超耕システム21型」スーツを託した。
「超耕(ちょうこう)!」のかけ声とともに、エイチ ゴウはガッターに変身し、
ショッタリアン帝国の怪人たちを退治したのであった。

ところが、ショッタリアン帝国の怪人たちはタイムマシーンで現在へとタイムスリップして、
コメを食い荒らそうと考えた。
ガッターも、怪人たちを追いかけてタイムスリップ。

心から「新潟」「米」を愛している>

なかなか世界観が確立されているし、なによりもご当地色がうまく融合し、面白い。
私が子供の時であったらはまっているだろうことは間違いない。

また、ごっちゃんは、そのほのぼのした姿かたちと音楽リズムは、昨年に続き、
すっかりカントーの子供たちに溶け込んでいる様子だった。

 

 

カントーは沖縄ののんびり感、ほんわかの空気感が沖縄と似ている。
食事もベトナム全体で見ても味付けが甘め。
沖縄とよく似ている。
こうなれば、次は、カントーにごっちゃんの弟分のキャラを来年は誕生させたく思う。
日本のご当地キャラがベトナムのご当地キャラとコラボする。
こんな取り組みも越日の信頼関係の構築には役立つと考えている。

そして、今年はさらにニューフェイスも登場した。
青森県十和田市のご当地キャラだ。

 

 

「十和田ふぁみりーず」でにんにくの『にんにん』、長いもの『ねばっち』、
ネギの『ねぎん』、ごぼうの『ごんぼう』がカントー現地に初上陸。
こちらも大人気だった。
田舎の素朴さとユニークさでカントーの子供たちの心を鷲づかみにしていた。

 

  

日本は、そもそも、海外、特に東南アジアにおけるファンづくりが苦手だった。
それは国内市場で充足していたから仕方ないのだが、現代は異なる。
東南アジアに進出する企業は、潜在する6億人のマーケットに対するPRに躍起だ。
しかし、親日国で比較的日本の存在感が強いタイですら危機感がある。
その最大の理由のひとつは、小さい子供の心を日本勢がつかみきれていないからだ。
弊社は、『ヤングジャパンスタイル』と称して3年前にホーチミンで、
子供たちのファンづくりをテーマにフェスティバルやイベント、商品販売などを展開した。
この時の経験を今回に活かすべく工夫を凝らしたが、
ご当地キャラのシンプルな存在感に勝るものはないと改めて確信した。
 
いままでの経験から学んだことは目線の一致である。
お互いの地方と地方が繋がるのには、お互いの目線を同じ高さと角度に

合わせることである。
先進国の日本から見ると、日本の地方といえども、ベトナムに対しては

上からの目線になりがちだ。
一方、日本の地方がベトナムのホーチミンと連携しようにも、
都市としての存在感とポテンシャルがまったく異なる。
ここを日本人は勘違いしてしまうケースが多い。

例えば、次のような比較の目線を持ちながら、
ベトナムに適応するよう心がけるとお互いに目線が一致してくる。

・今の東京と日本の今の地方
・昔の東京と日本の昔の地方
・今のホーチミンと今のカントー
・昔のホーチミンと昔のカントー

それぞれの比較にギャップがあるのは当たり前である。
私が知らないのは日本の田舎育ちであるがゆえに、昔の東京と昔のカントーである。
日本から大都市ホーチミンやカントーのような地方に来た人は、
いきなり、今の日本と比べてしまう。
単なる評論家ならそれでよいが、それではワクワクするビジネスチャンスには気づかない。
 
そうではなくて、昔の日本の地方都市を眺める目で今のベトナムの地方都市を見るとよい。
そうすると、とても境遇が似ていて、親近感がわく。
そして、都市発展の課題も見えてくる。
そこにビジネスチャンスが潜んでいるのだ。
現代の日本の首都圏と地方都市のギャップは広がるばかりである。
それが、過疎化、労働力不足などといった社会問題として横たわる。
そんな問題を念頭に置きながら、ベトナムの地方都市と連携をする。
そのようなつながりをこれからも増やしたい。

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